Return to Homepage

書評オンライン

富田 庸

外箱・表紙
OVERVIEW
大きさ: 23.3 x 16.8 x 5.2 cm
著書名・著者・訳者 『バッハの鍵盤音楽』 デイヴィッド・シューレンバーグ著 佐藤望・木村佐千子共訳
出版関連情報 東京・小学館、2001年、727頁。定価7,800円+税
ISBN 4-09-386030-0
出版社 小学館 (〒101−8001 東京都千代田区一ツ橋2−3−1)
SUMMARY
概論 バッハ鍵盤音楽作品全曲を総括的かつ詳細にカヴァーした解説書の決定版か。1992年に英語で出版されたものに新しい情報を加えたもので、オリジナルの英語版より完成度が高い
取り扱われているバッハの作品 BWV 533a, 588, 590, 592a, 772-801, 806-23, 825-33, 839, 841-44, 846-96, 899-908, 910-19, 921-23, 944-61, 963-98, 1000, 1006a, 1079-80.
読者層 バッハファン、ピアノ学習者から演奏家、研究者まで。
研究への貢献 バッハの鍵盤作品を包括的にカヴァーし、様式研究から、楽曲分析、資料研究まで幅広く論じる。

この『バッハの鍵盤音楽』は、David Schulenberg氏が1992年に英語で出版した『The Keyboard Music of J. S. Bach』の全訳である。海外でも「現在もっとも包括的な解説書」として高く評されているこの書であるが、このたび、その改訂版が邦訳・刊行となったのは、日本のバッハファン、ピアノを学ぶものにとってこの上ない幸運であろうと思う。

これまでに、Schulenberg氏は、1992年の英語版に見られた誤植や改訂個所をインターネットにて公開していたが、この改訂版ではそれを遥かに上回る規模の補正がなされているばかりか、現在までの9年間に出版された新しい研究成果も、少しではあるが、取り入れており、この書がより完成された「バッハの鍵盤楽器の手引き」となったことは疑う余地が無い。文体もすっきりとした正確さが前面に打ち出され、ここには日本を代表する若手のバッハ研究家である翻訳者二人の貢献も大きかったことが察せられる。

目次より
1. バッハの鍵盤音楽への序説
2. 演奏上の問題
3. バッハの鍵盤作品の様式とその発展
4. 初期の組曲
5. 初期のフーガ
6. 種々の初期作品
7. トッカータ
8. 協奏曲編曲
9. ヴィルトゥオーソ・フーガ
10. 『ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの音楽帳』と関連作品
11. 《平均律クラヴィーア曲集 第1巻》
12. 《平均律クラヴィーア曲集 第2巻》
13. 《イギリス組曲》
14. 《フランス組曲》
15. 《クラヴィーア練習曲集 第1部:6つのパルティータ》
16. 《クラヴィーア練習曲集 第2部》およびその他の作品
17. 《クラヴィーア練習曲集 第4部》および《同 第4部》
18. 《音楽の捧げもの》および《フーガの技法》
補A. 真作であることが疑わしい作品
補B. 『アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳』
用語集
参考文献リスト
作品名索引
人名索引

演奏者にも使いやすく情報量豊富な解説書

この書の特徴として、使いやすさがまず挙げられよう。歴史的背景や演奏にあたって何に気をつけねばならないかなどの諸問題を手短かに解説する章が3つ、そして、作品を体系的に解説する章がその後へと分けられている。このため、ある作品だけについて調べたい読者は、第1章から第18章まで読破する必要が全く無く、必要な所だけ読んで情報を得ることができる訳である。いわば、参考書としてのこの書は、原書のそれと比べて、レイアウト(特にヘッダー)が飛躍的に改善され、非常に使い易い本となった事を特記しておく。

バッハの鍵盤音楽の研究は完了したわけではもちろん無い。音楽学上の未解決の諸問題や、研究者間の激しい論争など、氏は研究の現状を常に明らかにしようと努めているのが伝わってくる。この点、新バッハ全集の校訂報告からの引用も多く、学者側から見ると、心丈夫なのであるが、演奏を専門とする読者層には、このような記述は、あまり意味を持たず、かなり学術的な香りがきつく感じられるかもしれない。また、楽曲分析面からの議論も時折繰り広げられるが、ここでは昔風のドライな分析に嵌る事もなく、ベーシックな和声分析のレヴェルを超えることも無い。このため、音楽学を専門とする者でなくともあまり問題なく読めるはずである。Schulenberg弁の一番の特徴は、ここ10年の流行とも言える様式を幅広く観察し、批判的に考察することであろう。バッハを当時のフレームにあてはめ、その様式、同時代の作曲家のスタイルとの比較を通し、彫りの深いバッハ像を描くことに努めている。

内容的に原書から向上した点については、主観的で多少非合理ともとれる曲の解釈が少なくなったことがいえよう。例を挙げれば、――著者に直に質問した個所であるが――ゴルトベルクのアリア(BWV988/1)を原書では、「イタリアでもフランス様式でもなく、明白にドイツのギャラント様式である」(第326頁)と述べている。これは和訳(第574頁)からは省かれている。

完成度が高くなったのは事実としても、残念な点が無いわけではない。確かに、巻末の参考文献リストも、同類の書物の中では類を見ない包括的なもので、本書では、新たに約50件の文献が追加されている。しかし、この分野に明るい専門家から見れば、Schulenberg氏は、細かい情報の更新に関しては、目を瞑ることにしたようである。その背後には、近い将来、更なる改訂版(もちろん英語版)にて根本的な書き直しをするという意図があるのかも知れない。参考文献リストにPaul Badura-Skoda氏の著書が載っていないのは不思議だし、Malcolm Boydのバッハ伝Bach Readerの改訂版のデータが揃って欠けているのも問題だと思う。

最後に、少しだけだが、誤植の指摘をしておく。

2001年10月23日
追記:2002年5月12日

前のページへ戻る